メルマガ1通目

※最後まで読んだ方には特別特典アリ※


はじめまして。鬼塚です。


この度はメルマガにご登録して頂きありがとうございます。


まず最初にお伝えしておきます。


このメルマガを読んでいただければ
個人の力でゼロから無限にお金を生み出すスキルが手に入り
会社依存から脱却し自由な生活ができるようになります。


そして、あなたは自分の手で自分の未来を作り上げていくことができます。
独立して事業主になるということは、自分の実現したいことをどんどん実現していくということです。
(現時点では怪しいと思っていただいて結構です、今後の僕の発信で信用して頂ければと思います)


そもそも
ビジネスでお金を稼ぐことはあなたが思っているほど難しくないです。超簡単ですよ。


僕は毎日4つのバイトを掛け持ちして
コンビニの廃棄弁当を食べてた貧乏大学生でしたが
ネットビジネスの存在を知って知識を学びまくったおかげで
「ん?お金を稼ぐのって意外と簡単じゃね?」と気づき
そこから人生が180度変わりました。


初月から34万円をアフィリエイトで稼ぎ
19歳の頃には月収500万円、23歳で年商6〜7億(利益は3億くらい)まで行きました。


まずはネットの力を使うとこんなことができるんだ!ということを理解していただければと思います。


これから日々メールが送られてくると思いますが
どれもあなたの人生を激変してしまうような強力なものを用意しています
是非楽しみに待っていて下さい!


それでは、改めて自己紹介します


僕は19歳の大学生の頃に起業して現在23歳です。
広告代理店、ジュエリー販売、コンテンツ販売、アフィリエイトがメインの収入源です。
毎月平均2000〜3000万円ほどの収入をネットから得ています。


全く0の状態からビジネスを初めて
約3年ほどで年収3億くらいまで来ました


業界を見てもここまでのスピードで来ている人はあまり見たことありません。


最近だと
Twitter経由で累計2億ほどコンテンツを販売したり
インスタグラマーさんとジュエリーブランド立ち上げたり
芸能人や著名人を招待してシークレット花火大会イベントを開催したり
広告事業で誰もが知っている有名アプリのプロモーションをしたり
キャバクラや美容室、眉毛サロンのコンサルをしたり
一泊100万円の宮古島の高級ホテルに泊まったり
etc...
このように多方面で動いております。


18歳まで学歴コンプレックス&異性とまともに喋れない根暗大学生でしたが
必死にやってここまでくることができました


なぜここまでできたかというと
それはビジネスやお金に関する知識を学びまくったからです


そのような話も今回のメルマガではガンガン語っていく予定です。
楽しみに待っていただけたらと思います!


それでは今回は僕の経歴から話していこうと思います。
僕がビジネス素人の時からどのようにして成長してきたのか、重要な要素も絡めながら話していくのでかなり良い学びになるかと思います!


パパッと読めるので是非最後まで読んでみてください。


ここから鬼塚の過去の物語
============


まず僕がなぜビジネスを始めたかというと

・お金が欲しかった
・異性にモテたかった
・大学受験で失敗したので1発逆転したかった

この3つです。


ビジネス始める理由なんてこんなもんです。


動機なんて不純で結構
むしろ不純な動機から始めている人の方が儲かってたりします笑


では、お金が欲しかったというところから話していきます。


僕は大学生の時にネットビジネスに出会うのですが
ビジネスを始める前はめちゃくちゃ貧乏でした。


父親の年収は200万円代で、母親はパートのお仕事をしていたので、生まれた時点で裕福な家庭ではありませんでした。
(たぶん東京だったら暮らせていないレベルです)


小学生時代に任天堂のwiiというゲームが流行るのですが、僕の家は貧乏でゲームを買ってもらえません。


小学生でゲームやってないと最悪ですよ。
友達と共通の話題がなくなるので会話をすることができません。


会話が噛み合わないと自分に自信がなくなり、他人とのコミュニケーションを避けるようになります。ちなみに高校時代まで人の目を見て話すことができませんでした。


田舎の小学校だったのでいじめられるまではいかなかったですが、「あいつ変なやつだよね…」とよく陰で言われていました。


小学生の時にソフトボールをやる「スポーツ少年団」というのがあったのですが、それも全校生徒の中で僕1人だけ加入していませんでした。


小学生ってスポーツできる男子がモテますよね?
僕は運動音痴でスポーツもダメダメだったので全く女子から見向きもされません。小さい頃は女の子怖いなってビクビクしていました。


そして僕も僕でプライドが高かったので、意固地になって1人でPCゲームをして遊んでいました。


あとは火遊びよくやっていましたね。
お婆ちゃんの仏壇からマッチをパクって、新聞紙に火をつけて遊んでいました。


今考えると完全にヤバイ小学生でしたが
このようにして僕は根暗路線を歩んでいくことになります。


僕が生まれた街はかなりの田舎(小学校の同級生が12人)だったので、幼稚園から中学を卒業するまでメンバーが変わりません。


もう閉鎖的な村ですよ…
環境が変わらないと人って変われないので、僕は中学生時代までガチのコミュ障でした。


高校に上がるとメンバーが変わるので僕は心機一転、高校デビューを目指します。


高校では友達をたくさん作って充実した学校生活を送りたいと思うものの、結局人に話しかけることができず孤立状態。


高校から給食ではなくお弁当になるのですが、弁当もずっと1人で食っていました。周りは楽しそうに友達と飯を食ってて「俺何やってんだろ…」と思いながら3年間寂しく過ごしました。


テニス部に入っていたので、部活のメンバーとの交流はありましたがプライベートの話をしたりする関係にはなれませんでした。
部活終わりに友達同士でファミレスに行く時も、僕は誘われず孤独感を感じていました。


毎日日焼けしながらラケット振ってるだけです。顧問が超絶厳しくて月に1回休みあるかないかの部活でした。授業終わる→即部活→帰って寝るのサイクルで動いていたので青春をする暇もありませんでした。


ちなみにそれなりの進学校だったので、テニスと勉強ばかりやっていましたね。まじで楽しい思い出がありません。悲しい…


女の子とも5回喋ったかな?くらいのレベルです。


当時の僕は根暗だったので、そもそも女の子と付き合うという発想すらありませんでした。童貞あるあるですが、付き合うという行為が異世界に感じるわけです。


そして高校3年になると部活を引退して受験勉強に励むことになります。


みんなは塾に通って受験対策をしていましたが、僕の家は貧乏だったので学校の進路指導室でひたすら勉強をしました。夏は暑く冬はクソ寒かったですが、必死に頑張りました。


親からは「将来は良い大学に行って、良い会社に就職するのよ!」と耳にタコができるほど言われていたので、鬼気迫る勢いで勉強していましたね。


朝の7時半に学校行って1限まで勉強
放課後は教室に残って18時まで勉強
家帰って飯食って24時まで勉強


このルーティーンでずっとやっていました。


実家が貧乏で国立大学以外はNGだったので、京都大学を目指して勉強に励んでいました。
スマホも見ずにテレビも見ずにひたすら問題集をやっていました。


こうして2018年3月10日。京都大学の合格発表を迎えます。
これは今でも鮮明に覚えています。なんか番号がないんですよね…


今まで試験系で落ちたことはなかったので、まあ受かってるっしょ!と思っていたら受験番号が見当たらないわけです。


もうこの瞬間絶望です。18歳にしてthe endです。


体からヘナヘナと力が抜けていって「俺の人生これからどうなるんだろう??」と不安に襲われます。


一応滑り止めでもう1個国立を受けていたのでそっちに合格して滑り止め大学に進学することになります。


もちろん予備校に通って浪人するという選択もありましたが、家が貧乏なのは知っていたので僕は現役で進学することにします。


滑り止め大学が関東の大学だったので、関東にいけば環境が変わるかもしれないという一抹の期待もありました。だから現役でGOすることにしました。


そしていよいよ大学に入学しますが、この時の僕はまじで腐っていました…


どういう風に腐っていたかというと、まず周りを見下します。
学歴コンプあるあるだと思うのですが、同級生を見て「俺はこいつらとは違うんだ!」「俺はホントなら京都大学に行っていたんだ」と頭の中で思うわけです。


今考えるとオメェも同じだろ!と冷静に捉えられるのですが、当時の僕はガキだったのでこのような曲がった考え方をしていたのです。(まじで昔の僕をぶん殴りたいですね)


そういうスタンスで授業に出て友達と接していたので、友達ができるはずもなく大学でもボッチです。


学食でも1人で飯を食っていて、高校時代と何も変わっていません。
授業も1人で受けて大学が終わったらトボトボと家に帰ってTwitterをいじって、エロい動画見て寝るの繰り返しです。


インキャの極みです。


そんな僕に行動するきっかけを与えてくれたのは大学の先輩でした。
その先輩は俳優をやっていてSNSのフォロワーが10万人以上いるプチ有名人でした。


アベマTVの恋愛リアリティーショーに出ていて、若い女子から絶大な人気を誇っていました。


当時の僕は女の子にモテたかった&青春したかったので、キラキラした先輩みたいになりたいと思うわけです。


一応インキャながらに女の子をデートに誘ったりはしていたので、それくらいモテたかったということです。(死ぬほどキモい誘い方していたと思います…)


ちなみに大学入学して1ヶ月で人生初の彼女ができますが、僕がクズすぎて1ヶ月で振られます。講義の休み時間の間にサクッと振られました。


話を戻しますが、その先輩に憧れて僕も芸能活動を始めることになります。
学歴コンプで周りを見返したいというプライドだけは強かったので、まずは芸能の方を頑張ってみることにしました。


芸能活動をすれば特別な存在になれると思っていました。僕は周りとは違うことをしたい欲が強かったのです。何者かになりたかったのです。


そうして僕の役者ライフがスタートしました。
大学受験に失敗して悔しかったので、かなり頑張りましたね。


中身はインキャですが身長だけは高かったのでモデルの仕事をしたり、学園ドラマに出たり、モデルのコンテストに出たりしました。あとはクイズ番組も出ましたね。
(結局21歳くらいまで芸能は続けていて、自宅に出演した作品のDVDがあります)


友達はほとんどいなかったですが、このまま続けていけば映画で主演を張れるかも!とか思っていましたね。今考えると相当アホですが。


昔の僕はお金が欲しかったという話で書いていますが、ここからちゃんとお金の話につながってきます。


役者を初めて半年ほど経った頃、とあるニュース記事で
イケメンI T社長と○原さとみの交際報道を知ります


僕にとってこれは衝撃でしたね。


金があれば女優と付き合えるのか!
金も恋愛も両方得るためには経営者になれば良いのか!
↑このような考えが舞い降りてきます。


僕が“金”に対して執着を持った瞬間でした。


実は役者やモデルをやる中で“お金”の問題でかなり苦しんでいました。


当時の僕はInstagramに毎日投稿をしていたので、
・おしゃれなご飯屋さんに行きたい
・カッコいい服が欲しい
・ブランドものを着たい
・旅行に行きたい


これらの欲求がありました。
金さえあれば全て一撃で解決するのに…と思いながらずっと悶々としていたのです。


なので僕は一旦、役者活動を休止して“金を稼ぐ”ことに一点集中します。


どれくらい一点集中したかと言いますと
大学に通いながら25日間で32万円稼ぎました。


大学生のバイト収入の平均は5万円とかなので
死ぬほど辛いことが想像できるはずです…


当時の仕事スケジュールは
朝6時〜9時までセブンイレブンでバイト
10時〜15時まで大学(ほとんど寝てた)
15時〜20時まで塾講師
22時〜5時までパン工場でバイト
↑これで25日間駆け抜けました


カイジの地下労働と同じ世界線です。
工場の夜勤が終わって外気を吸う時「シャバの空気って美味しいな…」と感じていました。


この予定が終わったらバイトか…
明日の仕事は…
眠いな…
倒れそう…


半分うつ病になりながら仕事に行っていました。


バイトという労働以外に金を稼ぐ手段を知らなかったので、働くしかなかったのです。
人生で一番辛かったです。出口が見えずにずっと暗闇を彷徨っていました。


これが2018年の12月の出来事です。
周りはクリスマスで恋人と手を繋いで遊んでいる中
僕は山崎パンの工場でケーキにチョコレートの粉を振りかけたり、イチゴを乗っけたりしていました。


天国と地獄です。


如何にしてその日を乗り越えていくか…?
これだけを考えて25日間地獄の日々を過ごしました。 


そして25日間が終わった時、僕は32万円を稼いでいました。
大学生で32万円あれば豪遊できますが、気分は1ミリも高揚しませんでした。


もっと稼がなくては…


ただ肉体的に限界でした。体は悲鳴をあげていました。


山パン夜勤が終わってそのままセブンイレブンの早朝勤務に行くのですが
一回、バイト中に倒れてしまうくらいの疲労でした。


それくらい追い込んでいたので来月も30万円以上の額を稼ぐことは厳しいなと判断しました。
同時に大学も通わなくてはならないので、このままだと勉強もできずに落第してしまいます。


つまりここで、バイト以外のマネタイズ手段を初めて考えるのです。
一旦、山崎パンはバックれて夜勤は止めることにしました。(これだけでもかなり負担が減った)


そしてスマホで「副業 稼げる」と検索して、個人で稼ぐ方法を模索します。


物販
投資
FX
プログラミング
競馬
アフィリエイト
Etc…


いろいろな知らない単語が出てくるわけです。


物販は仕入れが大変…
投資とFXは資金が必要…
プログラミングは覚えることが多そう…
競馬はギャンブル…
1個ずつ調べていきました


最終的にアフィリエイトは月額1000円でスタートできて、月200万円〜なども目指せると書いてあったのでアフィリエイトで攻めることにします。


僕はその日のうちに
サーバーとドメインを契約してブログを作り始めます。
合わせて15000円くらいかかりましたが、この出費もけっこう嫌でしたね…


初心者あるあるですがブログの作り方がわからず、設置するのに5日くらいかかりました。


なんとか記事を投稿できる状態になったので、早速記事を書いて広告をペタペタと貼り付けていきます。


しかし
1日経ってもアクセス0
2日経ってもアクセス0
5日経ってもアクセス0
…


アクセス0で報酬が発生するはずもありません。
僕はやり方を変える必要があるな!と考えて、ネットでアフィリエイトについて調べ始めます。


「アフィリエイト 稼ぐ」で検索すると、
今はブログを書くよりもSNSを使ったアフィリエイトの方が効率的に稼げるとのこと。


そうして僕は“Twitterアフィリエイト”というものに出会います。


その際に僕の1個年上でDさんという経営者のブログを見つけて最終的に連絡をすることになります。
Dさんは元々サラリーマンをやっていましたが、独学でネットビジネスを学んで20歳で月300万円も稼いでいる人でした。


この時点で超絶怪しいなぁと思ったのですが
俺の一個上の奴がなんでこんな稼いどんねん!と気になりまくり
まずは話を聞いてみたいと思い公式L I N Eに連絡します。
(実際はかなり怖かったです。最悪ブロックすればいいかと思って連絡したのを今でも覚えています)


メッセージをやり取りして電話をした後に、新宿のオフィスで会ってお話ししましょう!
とのことでした。


すごい人出てきそう…
社長でしょ??


とあれこれ考えながら、コートを羽織って新宿南口を目指して総武線に乗り込みました。


よくわかんないけど、Twitterアフィリエイトについては無料コンテンツを復習しておこう…
そんなノリで向かいます。


新宿南口に到着すると「ポストの方に来てください」とLINEが鳴り、ポストを目指して歩いていきます。


灰色のジャンパーを羽織ったチャラそうな男性が待っていました。


「Dさんですか??」
とおそるおそる尋ねます。


「鬼塚さん、よろしくお願いします!」
とても寒い冬の日、これがDさんとの出会いでした。


オフィスまでは徒歩で行くとのことで、通りすがりのセブンイレブンに入ります。


Dさんは僕に温かいお茶を買ってくれました。


コンビニを出た後Dさんが呟きます。
「なんでコンビニって飲み物が奥に配置してあるか知ってますか??」


「え、知らないです…」


「コンビニで一番購入されるのが飲み物だから、飲み物を奥に配置することで移動の際に他の商品がつまみ買いされることを狙ったマーケティングなんです」


「鬼塚くんもビジネスを学ぶと、世界を違った視点から捉えられるようになります」


「僕も経営者ですが、経営者になるとこんなこともわかるようになるんですよ!」


「すげぇぇぇ!!!」「コンビニでバイトしてたのに知らなかった!!!」
この瞬間に僕はDさんのことを尊敬するようになります。


「この人について行ったらすごいことになるんじゃないか??」


そしてオフィスに到着します。


Dさんと50分くらい喋ったと思います。


僕が今抱えている悩みについてアドバイスをしてくださり
「これからはSNSや広告の時代になる、鬼塚くんもSNSを学べば億を狙えるよ。バイトなんてしなくても1日中好きなことをできるようになる」と話されていました


そして、実際にDさんのコンサルを受けるにはお金がかかるとのこと。


30万円(サポートなし)
50万円(コンサル付き)
80万円(物販も学べる)


この3つのプランを提案されました。


30万円のプランだとDさんとやり取りできないと感じたので
僕は50万円のプランを受けたいと思います。


ただ、、、
19歳にとって50万円ってひっくり返るほどの大金なんですよね。
クレカもありません。


その時は死ぬほどバイトしまくっていた翌月だったので
幸い口座には30万ちょいの現金がありました。


もしかしたらこれでお金持ちになって人生変わるかも・・・
キツいバイトをやめられるかも…
バイトをやめて芸能活動にもっと専念できるかも…
金稼いだら女の子にモテるかも…

とマジで気持ちが昂っていました


理由としては
・金を稼げば辛いバイトを辞めて好きなことをできる
・Dさんのようなかっこよくてモテる男になりたい
・Dさんは高卒だけど年収数千万円を稼いでいたので、学歴がダメでも稼げることを証明したい

↑このように感じていたからです。


しかし、結局その場で決断はできませんでした。
Dさんは「また何かあったら連絡してくださいね!」と僕を送ってくれます。


オフィスを出た後の、景色は今でも忘れられません。
駅までの10分を僕は絶望に苛まれながらトボトボと歩いていきます。


「そんなに甘くなかったか…」
「大学生が月収100万円なんてやっぱり無理か…」
「あきらめてバイトしよう…」


こんな負の気持ちが頭の中をぐるぐる渦巻いていました。


そのまま総武線に1時間ほど揺られて自宅のベッドに倒れ込みます。


「金がねぇ…」
「稼ぐためにもコンサル代金が必要なんだ…」
「金が…」
「金が…」
「金さえあれば…」


“お金”の2文字が頭に張り付いてずっと離れません。


すると、ある考えが思いつきます。
今の全財産は30万円ちょいだから…


僕は思いきってDさんに
「頭金30万円で残りの20万円は2ヶ月後に支払いことできますか?」と提案しました。


するとDさんから了承をもらい、僕はギリギリでチャンスを掴みました。


30万円振り込むときは
手がプルプル震えていましたが
金無くなってもまた夜勤やれば元に戻るから大丈夫か!と思い、「えいやっ!!」と振り込みボタンを押しました。


このとき僕は
絶対お金を稼いで成功してやる!
このビジネスの世界で成り上がる!
と決意します。


そして2019年の1月、僕のネットビジネスがスタートしました。
Dさんの動画教材を聴きながらSNS運用を必死に学び
14日目で初収益、初月で34万円の収入になりました。


この時点で、地獄のバイトよりも稼げてしまったので
このまま頑張ればすごいことになるんじゃないか?と希望を感じます。


Dさんのノウハウに自分なりにアレンジを加えていき
2ヶ月目で100万円、1年目の最高月収は500万円、初年度で3000万円をマネタイズしました。


アフィリエイトだけに留まらず
学んだSNSマーケティング、広告スキルを駆使して
情報コンテンツ、アクセサリーなどを売りまくり
3年目には最高月商で5000万円も達成しました。


必死にお金を稼いで気づいた頃には
学歴コンプレックスは消失していました


就職しなくても自分でどこまででもいける!
そう確信した僕は、在学中に2社の代表になり卒業後も会社を経営しています。


今は白金の夜景が見渡せるマンションに住んでいるのですが、
ビジネスに出会わなかったら今の生活ってないんだよなぁ…とつくづく思うので
お金稼ぐってダイレクトに人生に影響与えます


あとはビジネス学ぶと今までの常識がぶっ壊されます。
動くお金の単位もそうですし、今まで見えなかった素晴らしい世界に到達できます。


ビジネスを始める前は
お金とは必死に働いて稼ぐものでしたが、
今は旅行していても寝ていてもサウナに入っていても自動で収入が生まれていきます。


無知な自分の常識なんて
意味がないなと強く思いました。


本当に僕の人生は激変しました。


そして今は昔の僕のように何か人生に絶望している人が
変わるきっかけになれるように情報を発信しています


このメルマガもその1つです


明日以降に送られてくるメルマガでは
僕がビジネスを通して学んだことをたくさん共有していきます


決して難しい話はしません。


面白い!とどんどんと読み進めてしまうような読み物をイメージして下さい。
そして読んでいる内に僕の知識がどんどん頭の中に入ってくるようになっています


なので是非次回以降のメールも楽しみにしておいて下さい!


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追伸1
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公式LINEもやっているので是非登録して下さい!
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追伸2 特別特典について
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このメールの感想を下さい!
というのは、僕もこのメールマガジンをどんな方が読んで下さっているのか気になりますし、何より読者のあなたと交流を持ちたいのです!


なので感想に加えて是非自己紹介もしてくれると
こちらも覚えられるので是非お願いします


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